光明元年

雑感

霧の中をありえないような速さで行ったら危ない

思うことがありすぎてリッカーみたいに身体の内側と外側がひっくり返ってるのに、その状態で家族の集まりのために店予約したりしている。

日曜日、昼に起きて友達と文フリに行って、もう一人の友達と合流して、思いのほか早くやることがなくなったのでモノレールで羽田に行って、空港をうろついて、京急で品川に行って飲んだ。羽田に行くつもりは一ミリもなかったのについ行ってしまったので、周りの人が全員決まった目的地と搭乗時間を持っているなかで自分たちだけがなんの目的もリミットもなく、時間の中に放り出されて浮いてるような気がした。その時は妙な感じだな〜としか思わなかったけど今思えばあの感覚は結構気持ちよかった。

飛行機が見えるレストランの窓際の特等席に居座ってTPOをわきまえず死ぬのが怖いとかそういう話をした。めちゃめちゃ楽しかった。

死んだあと、脳だけ電極につながれてこの今送っている人生を夢で見続けるのがいいよなみたいな話になった。だとすると、この今が死んだあとに見る夢になるわけだ。それって良いかもね〜って思った。「ここは夢の中だから何をしてみたっていいんです」じゃん。

死んだあとに夢を見るかどうかはともかく、その時「これが私が死んだあとに見る夢か」と思いながら見た光景は案外死ぬ前くらいまでは忘れずにおぼえていられるんじゃないかという気がした。そういう断片を記憶に頼らずメモする。

しかし、夢の中を生きるように生きるのが良い生き方かと思いきや、それは捨て鉢とか思考の放棄と言うのかもしれなかった。明日死ぬかもしれない、でも今日のところはひとまず生きている。明日以降も生きていくつもりだ、今日のところは。という態度は尊敬すべきものだと思う。

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